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「おたる北運河かもめや」店主 がつづるエッセイ vol.4
(小樽通2024冬号 初登場)
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またもやってきた雪の季節。ある朝、目覚めて窓の外を見たら
一面真っ白だった…。
これが雪のない地方に住んでいる人だと、かなりのショックだと思うが、雪国の住人は、「うっ」と息を飲み、次の瞬間、覚悟する。「あぁ、とうとうきたか。またこの雪と半年つき合うんだ」。これからの毎日の雪との闘いを想像する。

小樽は北海道の中でも雪が多い。札幌と40㎞ぐらいしか離れていないのに、雪の量は札幌の1,5倍ぐらいあると感じる。
朝起きて、最初に今日の雪の量を確かめる。雪が多い日は、すぐに玄関前の雪かきをするか、出勤する人は車の屋根の雪を降ろしたり、バスや電車で行く人は、家の前の雪かきを済ませて早めに家を出る。
ああ、雪のない地方の人の何倍も仕事が増えるのよ。
これを考えただけで、う~っとうめきたくなる。

しかし、子供のころはこんな季節の変化を何とも思わなかった。
雪が降れば、冬のコートに毛糸の帽子、手袋に長靴で、元気に学校へ通ったものだ。吹雪の日でも、雪や風に吹き飛ばされそうになるのを楽しんだぐらいだった。

さて、北運河のほとりで小さな宿をやっている私は、朝起きると、すぐに外を見て、今朝の雪の量を確かめる。20cmも積もっていれば、長靴をはいて厚いダウンコートに身を包み、宿の前の歩道の雪をわきに積み上げる。
何日も積み上げていくと、山が高くなって、その前の車道が見えなくなってしまう。困ったなぁと悩みつつ、ある朝、喫茶室にいたお客さんたちと雪の話をしていたことがある。
その日は、北海道の日本海側に住む年配の男性が2人ぐらいいた。
ほかに、埼玉から来たという若い女性が一人。おじさんたちと私が
雪の話で「困ったもんだ」と話していた。

屋根の雪下ろしの話になった。今の新しい家は、屋根の雪が自然に溶けて流れ落ちる構造になっているのだが、昔は屋根に上って男の人が雪を下ろした。命綱をつけないと落ちてしまうことがあり、危ない作業なのだ。その雪下ろしの動作をおじさんが身振り手振りで話していると、その話を興味深そうに聞いていた若い女性が、
「私、今度雪かきを手伝いに来ます」といった。
みんなは笑って、「まぁまぁ、来てみなさいよ」といった。
数か月後だったか、雪の深い時期にあの女性がやってきた。
きゃしゃで清楚な感じの彼女が「覚えていますか?あの時の…」
という。
「ああ、雪かきしてくれるって言った人ね。ほんとにするの?」
と笑いながら言うと、「ええ、やってみたいと思って」という。
次の朝、彼女は身支度をすると、「どうやるんですか?」と雪の片づけ方を聞いて、スコップを握った。
その日はかなり雪が降っていた。彼女は本気でスコップに重い雪を乗せ、細い腕を高く上げて何度も雪を投げ飛ばしていた。
「あら、この人、本気かしら」と、ちょっと私は見直した。
次の日も彼女は、「また雪かきします」という。雪のない都会の人だから、物珍しくてちょっとやってみたいと思っただけだろうと思ったのだが、彼女の本気度はハンパじゃなかった。
帽子やコートの雪を払って宿の中に入ってきた彼女に、「ありがとう。
こんな大変なこと、お客さんにやってもらって申し訳ないわ。それにしてもあなた、見かけによらず力があるのね」というと、彼女は、
「私、高校時代、砲丸投げの選手で、県大会に出場したこともあったんですよ」という。「え~っ」と驚く。思いがけない人に出会うことが、宿屋業のおもしろいところでもある。

またある時は、関西から来た若い女性が「町が真っ白で、めっちゃかわいい。ホイップクリームを塗ったみたい」といった。
その人は、「寝ながら雪を見たいから、カーテンを開けて寝ました。窓も開けて寝ようかと思ったぐらいです」と。
「ちょっと~ この真冬に?」ほんとにもう、わかってないわね。
彼女の本当の人生の旅はこれからだ、と内心思った。
夜中に外でガリガリ、ゴーッと音がする。
お客さんが出てきて「何ですか、あれは?」と外を見ると、道路わきに山と積まれた雪を、トラックに積んで排雪するための特別な車が、深夜に作業しているのだった。積みあがった雪を吸い上げ、砂でも吐き出すように大型トラックの荷台にザーッと流し入れる。小樽では、港に大きな雪捨て場があり、この雪を海の中に捨てるのだ。雪のない地方の人は、この車の作業を珍しそうに眺める。

小樽の住人にとっても、確かに珍しい光景だが、あくまでも生活に必要な仕事で、「本当に雪って大変ね」という共感がある。「夜中にうるさいわね」とは思わない。
生活するには困った雪だが、道がなくなるほどに大雪が積もった日、運河べりを、誰かの足跡を踏みながら犬を連れて歩くと、運河の水面にうっすら氷が張っていることがある。

一面の銀世界にさえざえとした空の青、そして冷たい水。
凍るような寒さの中で、心の濁りが洗い流されたような気分になる。
滝に打たれて修行をするより、もっとロマンがある冬の北運河を歩くと、人は弱った心にみずみずしい力がよみがえってくるのを実感するはずだ。
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※記事の内容は、配信時の情報に基づきます。

北運河は哲学の道
宿のおかみのトコトコ歩記(あるき)
(クナウマガジン出版)
内容は、お客さんとのやりとりで、笑ったり、涙したり。背景には、いつもどこかに小樽の風景がある。イラストは、一緒に宿をやっている息子が描いた。こんな深刻な話が、こんなおかしい絵になるの? と母は笑いころげた。このギャップがおもしろい。
1400円で、送料は1冊210円。
注文はかもめやへ
TEL & FAX 0134-23-4241
携帯 090-2816-2865
e-mail kamomeya@sky.plala.or.jp
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過去に配信したエッセイはこちら
小樽通2024冬号|北運河は哲学の道~宿のおかみは今日も行く~
小樽通2025春号|花咲く線路跡、犬を連れて~宿のおかみは今日も行く~
小樽通2025秋号|紅、赤、黄…ツタの紅葉が街を彩る、小樽の秋は天然の芸術祭~宿のおかみは今日も行く~

「かもめや」店主 佐藤光子
1歳から小樽育ち。東京や札幌で編集の仕事に携わり、2007年から「おたる北運河かもめや」を開業。北運河の小さな宿に集う個性豊かな旅人たちと小樽の風景をつづったエッセイ「ポーが聞こえる」を2013年に出版。小樽をこよなく愛する。
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