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【月刊小樽自身2021年12月号】ブンビステイ-小樽で文学&美術を深める時間

2021.11.25

※記事の内容は、配信時の情報に基づきます。 最新情報は、各施設へお問い合わせください。


これからの雪が降り積もる季節、寒がりな方は屋内で小樽観光をしたくなるのではないでしょうか。市立小樽文学館&美術館は、同じ建物内にあるため、小樽の芸術・文化を大満喫できるスポットの1つです。

文学館/美術館は小樽市民に「文美(ぶんび)」と呼ばれ親しまれています。

小樽は数多くの画家・作家を輩出しており、文学館・美術館には小樽にゆかりのある作家や画家の作品に触れることが出来ます。
しかし、 小樽市の様な市町村規模の街に、専門の「美術館」も「文学館」もあるというのは珍しいことです。(ご存知の通り、小樽には更に博物館も図書館もあります)

小樽で文学や美術が発達してきた背景には、小樽の歴史が関係しています。そんな文学館&美術館の魅力と、12月の展示会についてご紹介します。

市立小樽美術館

小樽にゆかりのある画家の作品を楽しむことが出来る市立小樽美術館。
常設展の魅力については、月刊小樽自身9月号にてお伝えしていました。
小樽での芸術文化発展の歴史を知って、作品鑑賞をより楽しくしちゃいましょう♪

小樽でアートが発展していったのはどうして?

①外国との文化交流が盛んだった
約100年前、小樽は港町として発展していきました。
当時は第一次世界大戦後の好景気の時期。軍需品の供給などで、日本から多くの製品を海外に輸出していました。製品を運ぶ船が集まった場所の1つが、当時有数の港町だった小樽です。
こうして、小樽は港を通して外国との文化交流が盛んになり、中には、当時芸術の最先端だったパリに留学する者もいました。留学から戻り、後にその技術を伝えたことにより、小樽にて絵画を始める者が増えました。

②お金持ちが多かった
日本に美術館が増え始めたのは1970年代ごろ。当時は「一億総中流」という言葉にあるように、多くの人が経済的に少し余裕があると意識しておりました。人々は物質的な豊かさよりも、心の豊かさを求めるようになり、アートを楽しむ人が増えました。
そんな1970年代と同様の状態にあったのが100年前の小樽。前述した時代背景により資産を持つ者が多く小樽に集まり、芸術への関心が高まりました。
パリへの留学も、かなりのお金がないとできませんよね。

③絵になる風景が多かった
小樽は坂の街と呼ばれるように、起伏があるため、少し坂を登れば街並みと海を臨める絶景に出会えます。加えて、小樽運河のような人工の美しい建築もあります。小樽はこのようなパンチのある景色が多いことも多くの画家を輩出した理由の一つと言われています。



12月に楽しめる展示
「特別展 2つのピント 羽山雅愉×高野理栄子」



小樽在住の二人の美術家を取り上げた展示。師弟関係にもある二人は、共に日常的な題材を用いているにも関わらず、表現は大きく異なっています。小樽観光の後にぜひ訪れてほしい展示の魅力をご紹介します。



①羽山 雅愉さんの作品を鑑賞してみよう

釧路市出身、小樽在住の羽山さん。幻想的な風景・静物画を描いています。 現実味がありつつも非現実的な画が魅力的です。

羽山さんの作品のひとつ。話題の北海製罐第三倉庫…
ですが、倉庫の周囲は実際の風景と異なった描写がされています。
左上の標識には「色内13丁目」という実際には無い場所が描かれています。

運河沿いや色内大通りの風景を描いた作品が多く展示されていますが、いずれも現実とは異なる描かれ方をしています。ぜひ運河や歴史的建造物の集まるエリアをじっくりと散策した後にご覧ください。自分だけの発見があるはずです。

②高野理栄子さんの作品を鑑賞してみよう

小樽市出身、小樽市在住の高野理栄子さん。前述した羽山さんとは大きく異なる作風に注目です。

版画の作品。上下共に同じ版を使用しているにも関わらず、
全く異なった作品に見えます。

作品のタイトルは全て「Ame」。小樽は地形の特性上、天気が変わりやすい地形で、荒天の日が多いのだとか。幼少期より小樽で経験した天気が、作品に影響していると言われています。

「特別展 2つのピント 羽山雅愉×高野理栄子」
会期:10月21日(土)~2022年1月16日(日)
開館時間:9:30~17:00
会場:市立小樽美術館2F企画展示室
ホームページ



市立小樽文学館

市立小樽文学館が設立されたのは1978年。小林多喜二や伊藤整といった有名な作家をはじめ郷土が生んだ文学者や文学作品の資料が散逸してしまうのを危惧した市民の方達を中心に文学館設立の運動が起こったのが始まりです。

また、前述した画家が多く輩出された理由と同じく、約100年前の小樽が、同様に小樽に多くの作家が集まった理由の一つではないかと考えられています。
市立小樽文学館の館長あいさつにはこう書かれています。

当時の資料を読みながら、私は想像します。おそらく一番盛んな時代には、毎日どこかで新しい芝居がかかり、映画が封切られ、書店には話題作が平積みとなりレコードの新版が入り、商店・飲食店は新装開店したり、珍しい商品を並べたりしていたでしょう。実際、当時の小樽の若い人達は、よく友人宅や喫茶店に集まっては文学サークルや歌会・句会を開き、また、会館やレストランなどの洒落た会場を借り切って展覧会を開いていました。その頃、小樽の端から端まで〈今何が起こっているか自分はすべて把握している〉と断言できる人はいなかったと思われます。それほどにアクティブで、初夏の草木が勢いよく繁るように自ら伸び続けていたのがかつての小樽でした。そして数多の文学者は、そういう街の活気の中から誕生したのです。

小樽市.「市立小樽文学館長あいさつ」.
https://www.city.otaru.lg.jp/docs/2021061600037/,(2021-11-25)

小樽に多くの人・商店・文化が集まった明治から昭和初期にかけての建造物は、文学館の周囲だけを見ても旧銀行群や運河、旧手宮線などたくさんありますよね。街歩きしながら当時の様子を想像することができます♪



12月に楽しめる展示
「小樽雑誌博覧会 大週刊誌展 1955ー1975/小熊秀雄展」



昭和30〜50年代の様々なジャンルにわたる週刊誌を展示し、戦後史を一望する企画展 「小樽雑誌博覧会 大週刊誌展 1955ー1975」と、生誕120周年を記念して実施される「小熊秀雄展」。
二つの展示が同時に開催されます。

小樽雑誌博覧会 大週刊誌展 1955ー1975

1955(昭和30)年から1975(昭和55)年までの週刊誌を取り上げた展覧会。 新聞社が発行しニュースをより掘り下げて伝える媒体として誕生し時代を映してきた週刊誌から戦後の日本の姿を振り返ります。

「週刊朝日」1955年12月11日号
1月23日(日)のイベントでは、
図書館の鈴木浩一館長が登壇し、なつかしの雑誌について大いに語ります。

展覧会を開催することとなったきっかけは、2020年3月に、出版取次会社の栗田書店が集めた週刊誌のコレクション約3,500冊が市立小樽図書館から市立小樽文学館に移管されたこと。 これらの資料は、出版社が取次会社に渡していた見本誌のため比較的状態も良く、当時の生活を身近に感じることができる資料であったことから、展覧会開催に至りました。

また、 こちらの展示は「小樽雑誌博覧会」と称して文学館と図書館が初めて行うコラボレーション展示です。 会期中は、なんと両館合わせて600冊近い雑誌が展示されます。

小熊秀雄展

小樽出身の詩人、小熊秀雄。 生誕120年目を記念し、原稿や素描・水彩画・遺品などを展示します。 画家、童話作家、漫画原作者としても時代を抜きん出た個性を発揮した詩人の魅力を改めて紹介します。

『小熊秀雄詩集』より

小熊秀雄は、現在の文学館の向かい辺りにあたる小樽区稲穂町生まれ。 樺太で育ち、旭川で新聞記者になり、東京・池袋近郊に39歳で亡くなるまで暮らしました。
付近のアトリエ村に住んだ貧しい画家たちと交流し、小熊秀雄自身もユニークなペン画を多く描きました。 戦争中、世の中が沈黙しがちになるなかで、自由の大切さをしゃべりまくるように書き続けた詩人です。

今回の展覧会では、小熊秀雄とゆかりの深い旭川市中央図書館、旭川市博物館、旭川文学資料館の全面的な協力を得て資料を展示しています。 また、1月15日(土)のイベントでは、小熊秀雄の妻・つね子さんが遺した録音テープが初公開されます。

小樽雑誌博覧会 大週刊誌展 1955ー1975/小熊秀雄展
会期:12月4日(土)~2022年1月30日(日)
開館時間 9:30~17:00
会場:市立小樽文学館
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