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ガラス復活の浪漫

2020.10.07

小樽のガラスの歴史は、生活必需品の「石油ランプ」と、漁業に使う「浮き玉」から始まります。

■生活とガラス

 明治中期(1890年頃)北海道の玄関口や国際貿易の拠点として、北海道開拓の重要な役割を担うものの、北海道は電気の普及が追いついていなかったため、ガラス製の石油ランプが各家庭での「あかり」として必需品でした。

■漁業とガラス

 古くから小樽は漁業が盛んであり、特に明治から大正にかけてはニシン漁の全盛期。 その当時、漁具として「ガラス製の浮き玉」を使用していました。

 このため、小樽では実用的な石油ランプや浮き玉製造を中心とするガラス工業が盛んでした。しかし、電気の普及やニシン漁の衰退などで、その需要は減少傾向に。

■ガラスの新しい使い方を見出す

 実用性重視だったガラス製品を見直し、デザインにこだわり、ぬくもりや安らぎのあるものを生み出し、インテリアや小物などにも使われるようになっていきました。それが市民や観光客にも喜ばれ、いつしか「小樽といえばガラス」と定着。

 時代の変化とともに需要が減っていたガラス製品が、作り方や使い方を少し変えることで生まれ変わり、ガラスは小樽の文化へと根付いていったのでした。

■製作体験

「吹きガラス」や「とんぼ玉」など、様々な製作体験が出来ます。
詳しくはこちら(外部サイト)

■浮き球

 全国各地にあった浮き玉を製造する工場は減少し、現在は国内唯一、小樽にある浅原硝子製造所だけになりました。

  創業は明治33年(1900年)、初代浅原久吉が小樽市富岡町に硝子製造工場をひらき、ランプや投薬瓶などガラス製の生活雑器を製造したところから始まります。その後、漁業用の浮き玉を考案し、鰊漁や北洋漁業に貢献しました。

 網の目印にとして使われた浮き玉。北洋漁業が縮小し、ニシン漁が衰退すると需要は減り、プラスティック製の浮き玉(オレンジ色のブイ)に変わって行きました。それでも伝統を守り、小樽の硝子の浮玉製造の技術を後世に残すべく、浮き玉を作り続ける会社が小樽にはあるのです。