観光案内所からのお知らせ

小樽稲荷神社をご紹介します(小樽稲荷神社由緒略記)

2026.06.12

令和8年6月12日(金)から令和8年度小樽稲荷神社例大祭(てみやまつり)です。

令和8年度小樽稲荷神社例大祭(てみやまつり)

・6月12日(金) 宵宮祭

・6月13日(土) 例大祭本祭

・6月14日(日) 後祭

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折角の機会なので、小樽稲荷神社を少しご紹介します。

昨年10月31日(金)の小樽モーニングツアーに参加した方から

小樽稲荷神社の見学の際に頂いた「小樽稲荷神社由緒略記」をご紹介します。

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小樽稲荷神社由緒略記 

鎮座地 北海道小樽市末広町38番1号

御祭神

主祭神 保食神(うけもちのかみ)

左 座 大物主大神(おおものぬしのおおかみ)

右 座 菅原道真公(すがわらのみちざねこう)

ご創祀は、元禄3(1690)年津軽青森在の中島某なるものが建立したものだが、

その後近江商人の支配人西川貞次郎がこれを引き継ぎ、

ヒョウヶ崎(不明なるが現在の古代文字崖上)に3年神殿を改築、

安政3(1856)年にも改築しながらも未だ神社としての社格がなかったようである。

明治8(1875)年には村社と公称するが、

明治13年(1880)年鉄道開通のため境内地がその予定地となり、

やむなく現手宮2丁目鉄道官舎付近(旧文書には手宮遊園地とある)に遷座された。

明治27(1894)年9月所在地番の変更で小樽市高島郡裡町32番地と改められ、

境内地の面積は明治13(1880)年現在で664坪、

氏子数は3200戸余りで社掌は近藤惣兵衛であった。

明治13(1880)年に境内神社の金刀比羅神社(祭神は大物主大神、菅原道真公)を

明細帳に記載申請する。

金刀比羅神社は御創祀年月日は不詳であるが

慶応元(1865)年に焼失し、明治3(1870)年に再建された。

その後小樽稲荷神社は何度か建て替えが進められたが、

明治38(1905)年小樽も年々繁栄の趣きよろしかるべきであるが、

神社付近、近日夜喧噪にして神域を汚す恐れがあり、

鎮座地も東石山町浄応寺付近の松口末松氏所有地1000坪を確保し移転する。

しかし明治42(1909)年4月25日手宮の火災で被災し焼失、

明治43(1910)年10月手宮公園の隣接地で

高台高潔にして人家の増殖の憂慮もなく小樽区内として、

すばらしい処と移転を決定する。

後に境内隣接の福井県出身の右近権左エ衛門所有の土地を購入し、

境内は3000坪となった。

例大祭は明治32(1899)年頃は8月9・10・11日であったが、

明治45(1912)年より6月9・10・11日に変更、

現在は平成26(2014年)より6月第2週目の金・土・日と変更され、

社名も大正元(1912)年10月稲荷神社より小樽稲荷神社と改称され、

大正6(1917)年神饌幣帛共進神社に指定され、

小樽市より共進使が例祭に参向することとなった。

当時の社掌は近藤亀之丞で大正8(1919)年近藤千秋が就任する。

昭和21(1946)年 宗教法人登録を行う。

昭和49(1974)年 近藤千秋が退任し、後任には代表役員宮司に森恵が就任、禰宜は森建丸が就任。

昭和52(1977)年 金刀比羅神社は不慮の事故により焼失し、

小樽稲荷神社の合祀され一座三柱となった。

昭和56(1981)年 森恵・森建丸氏退任し、木村文彦が代表役員宮司を拝命、

令和6(2024)年6月金澤秀信禰宜就任、現在も神明奉仕し、御守護り申しあげております。

◎追記:令和8(2026)年4月より金澤秀信氏が小樽稲荷神社6代目宮司を拝命されました。

末社は錦町にある小樽地守稲荷神社があります。

法人登記の兼務神社は祝津の恵美須神社・忍路神社・能島水天宮があります。

●小樽稲荷神社

小樽市末広町38-1(手宮公園に隣接しています)

電話:0134-22-2591

小樽稲荷神社ホームページ

小樽市指定保全樹林

明治43年神社の新築移転当時よりあった樹林で、

手宮公園に隣接した貴重な自然林であり、小樽市指定保全樹林になっています。

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