おたる コラム

シリーズ小樽№1「スキーと小樽」

2021年 01月 05日
盛合将矢(フリーライター)

 日本一、日本初などは人の記憶にも残りやすく、それを町興しの素材に使っている地域も珍しくありません。そんな小樽の日本初、日本で唯一、日本一をシリーズでご紹介していこうと思います。今回はスキーにまつわる日本初のお話です。

スキー全国大会、始まりの場所

 大正12年(1923年)、最も古い公式スキー大会が開催されたのが小樽でした。大正11年に大日本体育協会(現在の日本体育協会)内にスキー部が設けられ、その翌年に小樽で「第1回 全日本スキー選手権大会」が開催。そこで選手選考が行われ、大正13年に「第1回 冬季オリンピック」がフランスで開催されました。大正14年に全日本スキー連盟が設立されますが、そんな日本におけるスキーの歴史、記念すべき世界初の冬季オリンピック開催の物語に、小樽もしっかりと跡を残しています。第一回大会から、もうすぐ100年を迎えます。

小樽でスキーを根付かせた願い

 明治後期頃から本格的にスキー術が日本に伝えられたのは軍事利用が目的だったそうですが、小樽にスキーを伝えようとした狙いは違っていました。
 小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)渡辺校長は、北海道小樽の長い冬季期間に”学生たちの健康を守る為”に運動が必要と考え、スキーの採用を検討していたそうです。やがて「日本スキーの父」と呼ばれるオーストリア陸軍のレルヒ氏が新潟高田にスキー術を伝え残しており、そこでスキー大会が開催されると知ると、講師の苫米地氏を現地へ出張させ、大会後のスキー講習会を受けさせました。
 スキー術を学んだ苫米地氏は、スキー3台を持ち帰ってその後も小樽で猛練習。渡辺校長は100台のスキーを購入し、初のスキー練習会を学校前の地獄坂と呼ばれる坂道で開催、そこから小樽のスキー歴史が始まったそうです。

海まで届きそうなスキーの軌跡

 第1回 全日本スキー選手権大会が開催された「緑ケ丘」は現在住宅街になっておりますが、小樽にはスキー場が3つもあります。全てのスキー場から海を見渡す事ができ、山から海までの距離が短く、頂上から滑り降りていくと、そのまま海まで繋がって行ってしまいそうな、海に落ちていきそうな感覚になります。近くにはパウダースノーで有名なニセコスキー場もあり、小樽も素晴らしい雪質です。

 スキー初心者が最初に教わるのは転び方と起き上がり方です。
「無駄な抵抗はせず、流れに従ってお尻から転ぶ」
起き上がる時は、「斜面を利用して持たれかかるように、立ち上がる」面白いのは、転ぶ原因である斜面を、起き上がるときには利用するところです。
 スキーの滑った跡を専門用語で「シュプール」と呼ぶのですが、何度転んでも再びそこから滑り始めたら、その軌跡が途切れる事はありません。振り返れば、雪に刻まれた自分の痕跡、先を見ると、自由に描ける白銀の世界。小樽の雪にも、あなたのシュプールを刻んで下されば嬉しいです。

■point
・大正12年(1923年)、最も古い公式スキー大会が小樽で開催された
・小樽にスキーを流行らせようとしたのは、学校の先生が持っていた”生徒への愛情”
・小樽は3つもスキー場がある


■筆者おススメSPOT
①小樽スキー資料館
小樽天狗山山頂まで行くと、スキー資料館があります。古いスキー板が面白い。
https://tenguyama.ckk.chuo-bus.co.jp/tenguyama/main/facility/

②3つのスキー場
小樽は三つもスキー場があります。全部お勧めです。
・朝里川温泉スキー場 https://asari-ski.com/
・スノークルーズオーンズ https://onze.jp/
・小樽天狗山スキー場 https://tenguyama.ckk.chuo-bus.co.jp/

参考文献
第35回国民体育大会冬季大会スキー競技会小樽市実行委員会
1980 「スキーのふるさとおたる」

小樽スキー連盟
2013 記念誌「小樽スキー連盟100年史」