おたる コラム

「カレー」をキーワードに小樽を巡る

2017年 03月 28日
小樽雪あかりの路検討委員長 山城 栄太郎

小樽のカレー文化

最近マイブームとして休日には小樽のカレー屋さんを食べ歩き、図書館に通って小樽の「カレーの歴史」について調べたりしている。

北海道でカレーといえば札幌のスープカレーや富良野のオムカレーなどが有名で、小樽にはカレー文化が無いように思う人もいるかもしれない。
ところがこの小樽でも、昔は結構カレー専門店があった。昭和4年創業花園公園通り「ライスカレー大佛屋」に始まり、昭和30年代には「花屋の釜めし」「なるとの若鶏」と並んで小樽三大外食の一つとされた丸井横の「モリヤ」、公園通り「クロンボ」、40〜50年代には北海ホテル地下街の「インデラ」、長崎屋地下の「インドール」、梁川通り「いとう」、都通り「ガリオン」、松月堂隣り「アルプス」・・・。
懐かしい!そこ通ったよ!と思う方もいらっしゃるのでは?
もっと言えば、明治20年代には開業していて小樽最初の西洋料理店となった色内町「精養軒」のメニューにも「カレーライス」がある。長らく米作のできなかった北海道では、開拓使の下で肉や牛乳を取り入れた洋風の食生活が推奨され、札幌農学校では明治初期の早くから玉ねぎやジャガイモ、人参といった西洋野菜の栽培が始まっていた。国際貿易港として世界中の多くの食材も集まった小樽には、早くからカレーを含めた洋食文化の下地があったのだ。
稲穂尋常高等小学校や小樽聾唖学校などの校長を務め、明治から大正にかけての日常を書き綴った「稲垣益穂日誌」によると、明治38年2月11日、精養軒での職員8人での祝宴の後に昼食にカレーライスが出てきて食べたと記されている。
専門店で無くても小樽では多くのデパート、食堂、そば屋、レストラン、中華食堂、喫茶店でカレーが食べられた。
腹を空かした子どもの頃はニューギンザの100円カレーや、塾帰りに稲穂町「はれるや食堂」には大変お世話になったし、市民会館にあった「ニュー三幸支店」の黒っぽいカレーも大好きだった。天狗山や朝里ホワイトバレースキー場のロッジのカレーも美味しかった記憶がある。そうそう、先日惜しまれながら店を閉めてしまったけど「海猫屋」のもよかったなー。

現在の人気小樽のカレー屋

今でも現役のお店では、海鮮で有名な祝津「青塚食堂」では意外?にも美味しいカツカレーが食べられるし、あんかけ焼そばで有名な都通りの中華料理店「桂苑」もカレーが裏?人気メニューだ。中華食堂といえば旧手宮線色内駅近くの「くろ」さんの真っ黒いカツカレーもイケる。
花園の軽食もとれる喫茶店「ミレット」の玉ねぎタップリのカレーや花銀「コロンビア」のも喫茶カレーらしくて美味しい。
そば屋では、長崎屋裏の「籔半」のトロリとした「カレー丼」は熱烈なファンが多いし、花園の「伊佐美屋」のカツカレーは「小樽で一番うまい!」と太鼓判を押す人もいる。
大食いなら港湾センター食堂「ひら川」さんの大盛りのカレーがいいし、オシャレに行くなら北運河「プレスカフェ」の一皿だろう。
洋食屋さんの流れをくむものなら色内「マンジャーレ TAKINAMI」さんや花銀「レストランMURA」さんのカレーだがいい。
スープカレーだって、春香の「かりーごや」、「ラマイ」や星野町の「Kufuu」、札幌の支店も人気の北運河「クレイジースパイス」や、天狗山「ケラン」、朝里の「ネザーランド」とバリエーション豊富だ。
本格的エスニックカレーを食べたい方は静屋通り「ネパール茶屋」や銭函駅前「SURYA」、星野町「STAR」などがオススメ。
小樽を訪れた際には、自分好みの一皿のカレーを探しに、街を巡ってみてはどうだろう?
「小樽のカレー文化」も、目立たないがなかなか奥が深いと思いませんか?