おたる コラム

豊かな感性と感動する心を小樽から

2017年 12月 15日
公益財団法人 似鳥文化財団 代表理事・小樽ふれあい観光大使 似鳥 昭雄

小樽芸術村の誕生

 小樽の代名詞となっている小樽運河、その撮影スポットとして有名な浅草橋から小樽駅方面に少し足を延ばすと、古い石造りの荘厳な建物が並んでいます。北海道の「海の玄関口」として発展し、明治から昭和初期まで道内経済を牽引する貿易・金融の要衝であった「北のウォール街」の名残りです。その代表的な建物である旧北海道拓殖銀行小樽支店と旧三井銀行小樽支店を核として、今年の9月に「小樽芸術村」を開設いたしました。
 私が創業した「ニトリ」は、多くのお客様やお取引先様に支えられながら走り続け、今年で創業50年を迎えます。北海道から日本全国へ、そして今、台湾・アメリカ・中国へも出店を果たし、500店舗を超える規模の会社へと成長することができました。まだ小さく未熟であった会社を支え、育ててくれた北海道への恩返しの意味を込めて「北海道に世界中から人が集まる観光名所をつくりたい。」と思ったのは、当初の目標だった100店舗を達成した翌年の2004年、私が60歳になったときでした。
 私が何の知識も経験もなく「家具」という商売を始め、綺麗に彩られたアメリカのホームコーディネートに惹かれ追い求めているのも、商売が軌道に乗ってから芸術作品の蒐集を始めたのも、小学生の頃、両親の仕事の手伝いで小樽を訪れたときに目にした建物の造形美、鰊漁の浮きから発達したといわれる色鮮やかなガラス工芸品の残像が心の奥底にあったからかも知れません。

豊かな時代の面影を感じられる街・小樽

 「小樽芸術村」は小樽市指定の「歴史的建造物」「有形文化財」全4館と、それらに囲まれた芝生緑地によって構成されています。
 岸田劉生を代表とする洋画、横山大観や上村松園などの日本画、高村光雲とその弟子たちの木彫、ガレ、ドーム兄弟、ラリックなどのアールヌーヴォー・アールデコのガラス工芸品と家具、イギリスの教会の窓を飾っていたステンドグラスをそれぞれに展示し、それだけでも十分に価値のある建造物との融合を楽しんでいただけます。
 1923(大正12)年に施工された旧北海道拓殖銀行小樽支店(現 似鳥美術館)は、作家・小林多喜二が勤務、その時代に「蟹工船」などを発表したことでも知られており、旧三菱銀行、旧第一銀行各小樽支店とともに小樽銀行街の中心地に存在しています。
 1927(昭和2)年施工の旧三井銀行小樽支店は、日本を代表する曾禰中條建築事務所による関東大震災直後の設計により建てられたものであり、建築物そのものが文化財としての価値を有する美しい建物です。
 「小豆将軍」と呼ばれ、北海道初の衆議院議員でもあった高橋直治が所有していた旧高橋倉庫、隣接する旧荒田商会は1935(昭和10)年、海運業を営んでいた荒田太吉商店の本店事務所として施工されたものであり、現在はステンドグラス美術館とミュージアムショップとして活用しています。
 小樽ならではのストーリーをしっかり持った建造物達は、そのもの自体がひとつの芸術作品として語りかけてきます。さらに、その時代と同じ時代に制作された日本・世界の美術・工芸品をそこに展示することで、歴史・経済・芸術というさまざまな切り口から、豊かな時代の息遣いを伝えられればと思っています。

小樽と芸術、そして未来への想い

 私は1944年に樺太で生まれ、3歳で帰国、札幌の引揚者住宅に家族6人で住みながら、幼い頃からヤミ米販売を手伝いながら育ちました。貧しく辛い幼少時代ではありましたが、時おり小樽で触れる“本物”の美しさは、私の癒しとなり豊かな気持ちになれたことを憶えています。
 歴史ある街・小樽の歴史的建造物に、同時代の著名な芸術家たちの美術・工芸品を展示し公開することで、文化・芸術の素晴らしさを世界中に発信すると同時に、この場所が、私と同じように豊かな感性と感動する心を育み、志ある若い人たちが世界に羽ばたくきっかけを醸成できるような場所に発展させていければと願っています。