おたる コラム

観光地・小樽のもうひとつの楽しみ方

千石涼太郎さん忍路ブルー
2017年 10月 07日
小樽ふれあい観光大使 作家・エッセイスト 千石 涼太郎

仕事柄、道内外の友人知人、あるいは読者の方から「小樽に行ったら、どこを見たらいいですか?」と聞かれることがあります。
その人が道外の観光客であれば、「運河や手宮線を見たあとは、観光船で祝津に行って青山別邸や水族館にどうぞ!」、と答えたり、「小樽運河に行くなら、北運河まで行ってくださいね。運河クルーズもいいですよ」といった答え方をするのですが、札幌など道内の人やコアな北海道ファンが相手だと、そういうベタな話はできません。
では、どう答えるか……。それは相手に合わせてということになるわけですが、迷ったときは個人的にお薦めしたい場所を紹介しています。
何度か小樽を訪れたことがある人たちの場合、ありきたりな場所を教えるよりは、マニアックであっても、本当に薦めたい場所を教えたいからです。

例えば忍路。「しのぶみちと書いて、おしょろ」。忍者が歩く道があるわけではなく、アイヌ語の「尻のような窪み」を意味するオショロ・コッが、その由来。
忍路は一般に観光客が足を踏み入れる場所とは言い難いところではありますが、「忍路は小樽のひとつの顔だ」という思いで推しています。
早朝、まだ夜が明け切っていないころの忍路港は、海辺でありながら森の中のような雰囲気が漂います。夕陽が沈むころの忍路港はさらに美しく、ジーンときます。
小さな港の静寂さ。ゆったりと流れている時間のなかにある自然と生命の息吹を感じ、なんともいえない気分になるのです。
それは軽井沢の別荘地にも似た心地よさといえばいいでしょうか。清々しく、穏やかで、神聖で、どこか懐かしい気分にさせてくれる空間。それが忍路の魅力です。

堤防の突端で釣りをする少年のシルエット。
北大の忍路臨海実験所に滞在している学生さんたちが、列をなして楽しそうに話しながら港の前を歩く姿。
クルージングに出ていく船。
沖から戻ってくる釣り船が描く波。
潮風を全身に受けながら、目の前をすぎていく光景を眺めるこの時間は、最高の贅沢。
そして、忍路港から、国道5号線へ向かう海岸線の道から見下ろすと……。海の蒼さに目を奪われます。
まさに忍路ブルー。小樽の海の豊かさに感動しないわけがありませんね。

小樽でもうひとつオススメするとしたら、熊臼から銭函の海岸線を推します。
ここも観光地としては、まったくノーマークのエリアだけれど、桜町で生まれ、銭函で育ったわたしとしては、ここは譲れないところです。
いや、観光客目線でも、このエリアを素通りするのはもったいないと思っています。
札幌方面から函館本線を小樽に向けて進むと、銭函から海が見えてきます。この風景は一度通った人なら、目に焼き付いているはず。
海なし県から来た観光客は「海だ!」と叫んで窓にかぶりつきます。道外から港町・小樽に来たことを実感するのは、ここなのです。
しかし、ほとんどの観光客は、銭函駅や朝里駅で降りることはありません。残念なことに、小樽市民でさえ、足を踏み入れたことがない人も少なくないのが現状。残念というか、もったいないというか。だからこそ、推すのです。

まず、銭函駅がいいですね。昭和6年に建てられた小さな駅舎。銭箱が置かれたホーム。
構内に置かれたゼニキューブと呼ばれるイスは、見る方向によって銭函のZとNに見えるようにデザインされています。
これは銭函を愛するカンディハウスの白鳥孝さんのプロデュース。いまや銭函駅の顔となっています。

銭函から張碓、朝里と続く海岸は、観光地・小樽のイメージとはまったく違う、異空間です。
徐々になくなってはいますが、漁師の小屋が残るような哀愁が漂うレトロ空間をつくり出し、日本海を感じさせます。
昭和の香り、懐かしさを感じる昔の浜辺の雰囲気が随所に見えるこの一帯は、線路からすぐそばまで海岸線が迫り、駅を降りれば解放感いっぱいの浜辺。
石浜に出れば、大きめの石の下に棲んでいるカニや小魚が、すぐに遊び相手になってくれます。
イカや魚の切り身でカニ釣りタイム。すぐに都会の喧騒も、日常のつまらない悩みも忘れて夢中になれる時間がやってきます。
そして、ふと視線を上げれば、海の向こうには、雪の帽子をかぶった浜益から増毛の山々が目に入り、心が和んでくるのです。

これぞ、非日常。旅の醍醐味。

観光地・小樽のもうひとつの楽しみ方ではないでしょうか。